始まりの物語

「よさこい祭り20年史」から読み解くルーツ

よさこい祭りはなぜ南国土佐の地で生まれたのでしょうか。
それを考えていく上で手掛かりとなる資料があります。
祭りを主催するよさこい祭振興会が、四十数年前にまとめた「よさこい祭り20年史」です。
70年足らず前のこと、高知にはたくさんの資料が残っているはずだー
そう思われる方も多いかと思いますが、かつては「台風銀座」 とも呼ばれ、
毎年のように台風等の災害に見舞われてきた高知では、多くの資料が紛失、散失してしまっています。
また、よく言われるように、「豪放磊落で開放的な県民性」というのもあってか、他県と比べて、
その時々のことを、事細かく記録して保存していくことがどこか苦手な「お国柄」もあるようです。

とりわけよさこい祭りが始まった当時のこととなると、祭りに直接関わった方々の多くは既に鬼籍に入り、

ご存命の方もご高齢となり、年々当時の状況を聞き取ることが困難になりつつあります。
そうした中で、当協会では、現存する数少ない資料の中から、まずは「よさこい祭り20年史」をテキストとし、そのページをめくることから始めたいと思います。

001 土佐の踊り今昔 ~

002 流し踊り、地方車のルーツは「花台」? ~

003 空襲、南海地震…相次ぐ災難  祭りのルーツに「復興」の2文字 ~

004 廃虚から立ち上がるエネルギー、祭り生み出す原動力に ~

005 第1回のよさこい祭りは、郷土芸能との競演に… ~

006 20年史 「祭りの起源探究、将来の資料に…」 ~

007 (番外編) なぜ、高知市議会の議場から始まったのか? ~


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